世界初のワクチン反対運動

 治療薬は病気の人に使われるためにその恩恵がわかりやすいのに対して、ワクチンは健康な人に接種することから本当に必要なのかと疑問を持つ人も多くいます。そして、それは人の自然な心として昔から語られています。

 

 世界で初めてのワクチンは天然痘に対するワクチンと云われています。天然痘は古くからある病気です。インドの神話ではマリーアンマンという死を司る女神がいるそうですが、このマリーアンマンは天然痘の神とも云われ、崇めることで天然痘を祓うことができると信じられているそうです。インドには神話が作られた時代に天然痘の女神がいることや遺伝子の配列の解析などから、少なくとも一万年以上前のガンジス川周辺では既に天然痘が存在したと云われることもあります。日本でも古くから天然痘の患者が知られており、平安時代に書かれた続日本紀では、西暦735年に朝鮮半島の新羅から日本に天然痘が伝わったと書かれています。近代では、明治天皇の父である孝明天皇も江戸時代末期に天然痘に倒れました。

 

 天然痘は致死率が非常に高く、5割程度の致死率があったそうです。そして運よく助かったとしても、顔や手足などに瘢痕(はんこん)と呼ばれる醜い跡が残ります。天然痘は、現代でいうところのエボラ出血熱のような恐ろしい病気ですが、それを防ぐ方法として種痘と呼ばれるワクチンを開発したのが、18世紀のイギリス人医師のエドワード・ジェンナーです。そのため1977年のソマリアでの感染者を最後に天然痘の自然感染患者は現れず、1980年5月8日に世界保健機構が天然痘撲滅宣言を出しました。エドワード・ジェンナーは、その業績から免疫学の父として紹介されますが、その偉大な業績には異論の余地はありません。しかし、そのジェンナーの偉業は、当時の人には必ずしも受け入れられたわけではありませんでした。世界で初めてのワクチンに対しても、激しい反対運動があったのです。

 

 ジェンナーは自ら開発した種痘を、当時のロンドン王立協会から論文を発表しようとしましたが、王立協会は「種痘は危険」だとして、ジェンナーの論文への支援を断りました。そのため、ジェンナーは自費で論文を発表しなくてはなりませんでした。また、当時のロンドンの多くの医師が、ジェンナーの開発した天然痘ワクチンの安全性に深刻な問題があると非難したのです。例えば、ワクチンの元となったものが、牛の天然痘のウイルスだったので、ジェンナーのワクチンを子供に打つと、「ワクチンを打たれた子供は牛になってしまう」と非難したのです。今から考えると、ワクチンを打った人が牛になるなんて荒唐無稽としか思えませんが、当時のイギリスでは、多くの人がジェンナーの開発した種痘を打つと牛になってしまうと恐れてワクチンに反対しました。もちろん天然痘のワクチンを打って牛になった人いません。種痘を辛辣に批判したとして知られる人の一人がベンジャミン・モズリー医師です。モズリーは町のやぶ医者のような人物ではなく、立派な経歴を持つ医師でした。モズリーは1742年にイギリスのエセックスで生まれ、ロンドンやパリで医学を学び、イギリス統治時代のジャマイカで外科医として活躍しました。モズリー医師は、ジェンナーの開発した種痘は、安全性に問題があり、特に長期的な影響については全く分からないと激しく非難しました。そしてジェンナーが開発した「種痘」を「牛の梅毒」と呼びました。梅毒は性病の一つですが、当時は特効薬がなく、梅毒になると鼻がもげたりして最後には脳が侵され死亡することもある深刻な病気でした。その梅毒に例えて、ジェンナーが開発したワクチンを、「牛の梅毒」と罵ったのです。彼は様々な例を挙げて、いかに種痘が危険かを力説しました。種痘を打ったヒトには、牛疥癬、牛皮膚病、牛頭症、牛顔症などの様々な新たな病気が現れると主張しました。サラ・バーレーという患者は、種痘を打った後に顔がゆがみ、牛のような顔になってしまったというような報告や、エドワード・ジーという患者は、種痘を打った後に痛みが現れ、牛の毛が身体から生えてきたという報告をしました。さらに、ウィリアム・インスという男の子の例を挙げました。インスは生後4か月で種痘を接種しました。モズリーが言うには、インスは種痘を接種した後に、全身に炎症と発疹が現れ、身体から、まるで牛のような白や茶色の毛が生え始め最後には死んでしまったというのです。このように当時の立派な業績を持つ医師ですら、天然痘のワクチンは危険であり、決して打ってはいけないと反対したのです。

 

 18世のイギリスの画家だったジェームス・ギルレイは有名な風刺画を描きました。この風刺画は大変有名なので免疫学の教科書にも度々掲載されています。その風刺画の中央では怖い顔をした医師が怯える婦人に種痘を打っています。その周りには腕から牛が生えた人物や口から牛を吐き出す男性、あるいは牛のような角が生えた婦人たちが画かれています。天然痘のワクチンで牛になることは、現代では科学的にあり得ないことが分かっています。ヒトが牛に変化するには、ヒトの体中の細胞のDNAが牛のDNAに置き換わる必要がありますが、天然痘のワクチンには牛のDNAがそもそも存在しません。そのため、ヒトは牛になり得ないのです。しかし、当時はDNAも発見されていませんし遺伝子という考え方もなかったため、このような非科学的な中傷がなされました。

 

 

 天然痘のワクチンが世界に広がる過程でも様々な反対運動がなされました。どうしてでしょうか? ワクチンがヨーロッパを越えてアメリカなどへと広がるにつれ、やはり、ワクチンを打ったことで病気になったり亡くなったりするケースがありました。また、病気の膿を健康な人に植え付けることに抵抗感を示した人や、宗教的な理由から拒否した人も多くいました。現在では、インフルエンザなどの病気は、感染症であり、ウイルスが原因と知っています。しかし、それ以前は、病気は死神など得体の知れない悪魔や悪い神がもってくると恐れられていたのです。そのような病気の人の膿を健康な人に植え付けるということに、ヒトは心理的な抵抗を覚えるのかもしれません。