コロナウイルス感染症とワクチンの開発

 コロナウイルスはもともと冬の風邪のウイルスとして知られ、かぜ症状のおよそ3割がコロナウイルスが原因といわれていました。2002年に発生した急性呼吸器症候群(SARSSever acute respiratory syndrome)以前は重症化することはほとんどありませんでした。

SARSと呼ばれるコロナウイルスが重症化する病気の始まりは2002年の1116日に、中国南部にある広東省で謎の肺炎患者が次々と報告されたことが始まりです。後にこれはSARSコロナウイルスと呼ばれるウイルスによる肺炎であることがわかりました。SARSは中国国内だけにとどまらず世界中へと広がり、北半球のインドより東側のアジアとカナダなどを中心に32の地域と国々へ拡散しました。2003年の3月の初めにはベトナムのハノイ市でも院内感染が確認されています。312日に世界保健機構(WHO)が注意喚起を促して、2003315日に重症急性呼吸器症候群という名前を命名しました。20031231日時点のデータでは、中国を中心として8000人ほどが感染して774人が死亡しています。2002年の11月に発生したSARSは翌年の2003年7月5日になってようやく終息宣言がなされています。SARSウイルスの潜伏期間は2〜10日で、平均5日ほどだったといわれています。症状としては感染第1週に発熱、悪寒戦慄、筋肉痛などのインフルエンザ様の症状が現れます。そして第二週に肺炎が生じ呼吸困難へと移行します。下痢が第1週目から現れるますが2週目は特に強くなる傾向がありました。

 

このSARSの感染拡大で話題になったのがスーパースプレッダーと呼ばれる感染を拡大させた人物の存在です。中国では一人の有名なスーパースプレッダーが毒王とも呼ばれています。毒王と呼ばれたこの男性は、中国の九龍にあったメトロポール・ホテルの9階に宿泊していました。この人物はSARS治療に関わっていた広東省の医師、親族の結婚式のために香港の九龍のホテルに滞在していましたが、同じホテルのフロアに滞在していた十六人もの宿泊客に感染を広げたといわれています。この医師は後に死亡していますが、SARSの感染力は一人の患者が平均一人にしか感染させなかったにも関わらず、このスーパースプレッダーはその10倍以上もの感染者を生み出したのです。このような特定の人物がスーパースプレッダーとなるメカニズムについては未だ解明されていません。

 コロナウイルスによるパンデミックとしては、日本ではさほど話題にはなっていませんが中東で流行したMERSが知られています。これは中東呼吸器症候群(Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus)といわれ、その原因はMERS-CoVと呼ばれるウイルスです。このウイルスは2012年の9月にサウジアラビアやアラブ首長国連邦などの地域で発生しました。このウイルスはもともとヒトコブラクダが保有しており、ヒトコブラクダのウイルスがヒトへと感染したと考えられていますが、そうではないとする意見もあります。2012年の11月までに報告された患者数は2494名で、死亡者数は858名といわれています。潜伏期間は2~14日とされ、その中央値は5日だったそうです。

 

 新型コロナウイルスは発生源については論争がありますが、世の中に知れるきっかけは中国の武漢市にある華南海鮮市場と呼ばれる市場の関係者が次々と肺炎を発症したとの情報でした。この華南海鮮市場には野生の動物が販売されていたといわれており、中国では野味と呼ばれる野生動物を食する習慣が一部に残っているためだそうです。そのため当初は干支にちなんで販売されていた竹ネズミからウイルスがヒトへと感染したと報道されましたが、後々の研究結果から、センザンコウというアリクイに似た動物が最も新型コロナウイルスに似たウイルスを保有していたことから、このセンザンコウと呼ばれる動物からヒトへとウイルスが感染したことが原因ではないかとする説が提唱されています。そのため実際の流行の開始は中国以外の場所で生じた可能性も指摘されています。また、日本で2020年の4月以降に流行したウイルスの多くはヨーロッパ経由で入ってきたウイルスであるとの報告もあります。

 

 

コロナウイルスの感染症を制圧する目的で過去にはSARSに対する抗体の作成が何度も試みられています。しかし、インフルエンザワクチンと同様の方法で作成すると抗体依存性感染増強ADE)という仕組みが生じることでワクチンの予防効果が十分に現れないことがマウスやサルを用いた動物実験から明らかとなっています。抗体依存性感染増強とはウイルスに対する抗体ができることで逆に感染が強くなってしまう現象です。特にSARSウイルスではこの現象が生じるとの報告が多数あります。


 抗体依存性感染増強(ADE)が話題となったのはブラジルで開催されたオリンピックに関連してです。当時、ブラジルではジカ熱と呼ばれる感染症が流行していました。このジカ熱は妊婦が感染すると胎児が小頭症と呼ばれる病気になるとのことで日本のニュースでも紹介されています。このジカ熱の流行地域は、病気を媒介する蚊の流行地域と少しずれることが知られており、一方でデング熱と呼ばれる病気の流行地域とジカ熱の流行地域が似ていることが指摘されていました。そしてこのデング熱の原因となるウイルスに対する抗体がジカ熱の原因となるウイルスに対して抗体依存性感染増強を誘導することが示されたのです。

 

 SARSに対するワクチンの研究では、コロナウイルスの表面に存在するスパイクタンパク質に対する抗体そのものがSARSの感染を増強することが示されているため、感染を阻害する抗体(中和抗体)と抗体依存性感染増強を誘導する抗体(ADE抗体)がお互いを打ち消しあうためにワクチンがなかなかできないそうです。そのため新型コロナウイルスに対するワクチンとして世界中で研究が進められていますが、予防効果が高いワクチンの作成は容易ではないと考えらえています。

 

 実際にインフルエンザワクチンのワクチンは、ワクチン全般の中で比較すると決して予防効果の高いワクチンではありません。また、コロナウイルス特有の問題から従来型のワクチンの製造では予防効果の高いワクチンを得ることができないとする考え方もあります。そのため、これまで他のウイルスで作成されてきた不活化全粒子ワクチンやサブユニットワクチンではなく、DNAやRNAを用いたワクチン、あるいは、ウイルスベクターを用いたワクチンなど、これまでの動物実験などで高い効果を示すこと(他のウイルスで)が報告されている方法を多くのワクチンメーカーが採用しています。しかし実際にどのタイプのワクチンが最も高い予防効果を示すのかは現段階ではまだわかりません。

 

改定2020年11月21日 文責:押海